研究組織
氏名 | 所属機関(各自ホームページリンク) | 役割分担 |
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馬場 卓也 | 広島大学大学院人間社会科学研究科教授 | 総括 |
島田 功 | 元日本体育大学教授 | 教材開発(初等教育) |
久保 良宏 | 北海道教育大学名誉教授・東京学芸大学非常勤講師 | 教材開発(高等教育) |
中和 渚 | 関東学院大学建築・環境学部准教授 | 教材開発(幼児教育) |
服部 裕一郎 | 岡山大学学術研究院教育学域准教授 | 教材開発(中等教育) |
高阪 将人 | 福井大学学術研究院教育・人文社会系部門(教員養成・院)准教授 | 教材開発(理数科教育) |
福田 博人 | 岡山理科大学教育推進機構教職支援センター講師 | 教材開発(統計教育) |
背景
未曾有のコロナ危機の中,日本の数学教育も転換点を迎えている.感染者数の予測は科学的解が算出可能だが,緊急事態宣言の発動等の問題は数学的解だけでは解決し得ない社会的課題である.このように「科学に問うことはできるが,科学だけでは答えることのできない問題」(Weinberg, 1972)を,トランス・サイエンスな問題と呼ぶ.そこでは互いの利害を調整し,社会的・数理的に意思決定する力の育成が求められている.つまり唯一解を求める社会から最適解を求める社会へ移行し,Skovsmose(1994)の「批判的数学教育」は,数学を通して公正な社会的場面の深い理解と批判的市民の育成を目指している.一方で,首尾一貫したカリキュラムの欠如(Brantlinger, 2013)が課題とされている.本研究では,批判的数学教育の理念を日本の授業文化に調和させた日本型批判的数学教育のモデルカリキュラムの構築によって,日本の数学教育のパラダイムシフトを構想する意味で,挑戦的である.
本研究では,価値多元化社会に求められる能力を批判的思考力に求め,その育成をテーマとする事例研究を各学校段階で蓄積してきた.この事例研究においては数学教育における批判的思考を,学校種を越えて統一的に定義することが困難であり,各実践で発揮された批判的思考は,その授業で目指された思考の様相であった.今回,本研究で育成を目指す能力として,従来の社会的オープンエンドな問題が目指した「数学的考え方を方法とした価値観に基づく社会的判断力」に加え,「用いた数学的考え方を状況に応じて批判的に捉える」リテラシーを「批判的数学的リテラシー」と暫定的に定義した上で,各学校種における思考の特徴を明確化すること,社会的オープンエンドな問題の発展可能性を目指す.
その意義として、次のことが挙げられる.オックスフォード大学出版局が2016年において今年の言葉として選んだポスト真実(post-truth)は,客観的な事実よりも個人的な信念や感情へのアピールの方が世論形成へ影響を与えることを表現した用語である(松下, 2017).このような世論の現状や学術界への影響を踏まえ,ポスト真実の意味を数学教育の文脈で解釈すれば,数学的な考え方だけではなく,個人の価値観は決して捨象されてはならない.実際,日本の学習指導要領(例えば,文部科学省, 2018, 2008/2011)でも数学指導は道徳教育との関連を考慮する必要がある旨の内容が記載されているにもかかわらず,まだまだその具現化にまで至っていない.その原因の一つは,古い数学教育観が挙げられると考えられる.それに対して、本研究では、具体的な教材(社会的オープンエンドな問題の発展可能性)や授業実践を通して、日進月歩する数学教育研究に表出する新しい可能性を指し示す点において,数学教育の役割を捉え直し,次世代の数学教育に対して一石を投じる意義を有している.トランス・サイエンスな問題に対しても臆することなく,専門家の主張を批判的に捉え,多様な価値観を有する市民との公共的な討議や協働による意思決定能力としての「批判的数学的リテラシー」は,これからを生き抜くための万人にとってのリテラシーであり,その育成に向けた数学教育の原理構築に挑戦する本研究構想は意義深い.
今後の計画
- 2023年8月 日本科学教育学会で発表予定
ご興味のある方は、研究代表者に連絡をください。
研究方法
研究方法1
批判的数学教育の哲学に基づく育成すべき「批判的数学的リテラシー」の明確化と算数・数学教育における発展型社会的オープンエンドな教材の開発と実践
これまでの研究で,数学的な考え方の育成を目標とする数学的オープンエンド(島田編, 1977) の教授法に対して,数学的考え方を方法とした社会的判断力の育成を目標とする社会的オープンエンドの教授法を国際的に提案した(馬場, 2009;Shimada & Baba,2012).これまでこの社会的オープンエンドな問題を基礎とした各学校種の教育実践を実施し,その授業データの蓄積がなされた.しかしながら,これらのデータは特設的であり,体系的な分析がなされておらず,校種横断的・教科横断的な分析がなされていない.本研究ではまず,各学校種において,典型的で精選的な実践例を収集・分析することで各学校種における生徒の批判的思考を特定し,各学校段階における同異について分析する.その反省の基で,批判的思考を発展させた「批判的数学的リテラシー」を明確化し,トランス・サイエンスな問題への対応を目的として,社会的公正・倫理の観点をより強調した発展型社会的オープンエンドな問題の教材開発を目指す.これらはモデルカリキュラム構築の基礎資料となり得る.
研究方法2
上記に基づく新たな数学教育の原理の構築
研究方法1の取り組みを整理し,トランス・サイエンスな問題に対応するために公共性・公正性と関連付けることが重要である.開発した事例を総合的に検討し,それを一貫する本質,また各学校段階における特徴,文脈と価値観の対応などについて原理を導き出す.構成論(学校段階,教科横断),目的論(倫理・価値観),教材論(発展型社会的オープンエンドな問題)の観点から総合的に考察し,新たな数学教育の原理を校種横断と教科横断の観点から構築する.
参考
- 基盤研究C「数学的モデル化過程の遂行による批判的思考力の育成に関する理論的・実証的研究」(2021年4月-2025年3月)(研究代表者:服部裕一郎)
- 基盤研究C「価値多元化社会のための社会的価値観の重視と算数の力の育成に関する理論的実践的研究」(2017年4月-2022年3月)(研究代表者:島田功)